新潟市中央卸売市場 山津水産株式会社「江南区旬果旬菜いきいきフェスタ」

2011年11月発行「GLOBAL」第70号収録

【写真】左)まぐろの解体ショーはフェスタのメイン行事。昨年の「市場まつり」では200㎏を超えるボストン産のくろまぐろが登場、会場に大きな歓声が上がった、右上)新潟市中央卸売市場、右中)行列ができるほど大盛況の昨年の「市場まつり」、右下)今年のフェスタでの模擬せり

左) まぐろの解体ショーはフェスタのメイン行事。昨年の「市場まつり」では200㎏を超えるボストン産のくろまぐろが登場、
       会場に大きな歓声が上がった
右上) 新潟市中央卸売市場
右中) 行列ができるほど大盛況の昨年の「市場まつり」
右下) 今年のフェスタでの模擬せり

【市場】新潟市中央卸売市場と山津水産株式会社

新潟といえば、新鮮な魚介類、コシヒカリで名高いお米、日本酒…などなど、言わずと知れた食の宝庫です。その新潟県民の台所といえるのが、新潟市中央卸売市場です。新潟市中央卸売市場は1964(昭和39)年、日本海側で初、全国でも23番目の「中央卸売市場※」(青果部)として、開場されました。

市内では江戸時代から農家の人たちが各所で「朝市」を開いていました。しかし戦後、都市化が進む中、交通、衛生上の問題の解消、価格・供給の安定などを目的に卸売市場の開設に至りました。

現在は青果部のほか水産物部、園芸植物を扱う花卉かき部も設置され(ともに2007〈平成19〉年5月)、新潟市の食を支える拠点となっています。

山津水産は同市場の卸売業者で、創業は1881(明治14)年。同県中蒲原郡亀田町において鮮魚販売業としてスタートしました。1950(昭和25)年に山津水産株式会社となり、新潟市柳島魚市場で卸売業を始めました。そして1961(昭和36)年、ニッスイの特約店となり、冷凍魚、塩干魚、冷凍食品、加工食品などの卸売部門を設け、業務を拡大してきました。今年でニッスイグループとして半世紀の節目を迎えました。

場内の常温売場場内の常温売場
年末商品展示会年末商品展示会

1966(昭和41)年には柳島魚市場から万代島市営市場へ移転、そして2007(平成19)年に中央卸売市場で水産物部が誕生すると同時に同部の卸売業者として入場しました。

現在は山津水産を中核として山津冷蔵食品、新潟食品サービス、ヤマツサービスなどの関連会社を擁し、山津水産グループとして、水産物の卸売りから冷蔵、加工、そして配送を独自の流通システムのもとで行っています。

今年10月25日、新潟市中央卸売市場で開催された年末商品展示会では、「見つめよう見直そう魚食文化~暖かい食卓で築く家族の絆」をテーマに地元新潟産の水産物はじめ数多くの商品を展示し、多くのバイヤーの注目を集めました。

※中央卸売市場は、農林水産大臣の認可を受けて地方公共団体が開設する拠点的な市場。

【お祭り】江南区旬果旬菜いきいきフェスタ

新潟市中央卸売市場を会場として毎年、「江南区旬果旬菜いきいきフェスタ」が開催されています。区内の農産物や加工品のPRコーナーや商店街販売コーナー、伝統工芸品の展示・販売コーナーなどのほか、農産物を景品としたゲームや地場農産物を使った「旬菜とんとん鍋」の販売もあり、多くの市民が訪れています。

昨年は10月にAPEC(アジア太平洋経済協力)の食料安全保障担当大臣会合が新潟市の朱鷺ときメッセで開催されたことから、APEC開催記念「市場まつり」~食と花の祭典~が同時開催されました。こちらでは水産棟を一般開放して、せりを体験できる模擬せり、水産物の展示即売、魚ふれあいコーナー、そしてまぐろ解体ショーなど水産関連のイベントが行われました。目玉となった解体ショーでは約80㎏から200㎏超の大物まぐろが次々と解体され、パックに小分けされた切りたてのまぐろは飛ぶように売れました。来訪者も約1万6000人に達しました。

この「市場まつり」での水産棟のイベントが好評だったことから、今年のフェスタ(11月6日)ではまぐろの解体ショー、模擬せりが行われました。模擬せりではずわいがに、あかむつ、のどぐろなど新潟産の高級魚介類が来場者によって次々とせり落とされていきました。

旬果旬菜いきいきフェスタ旬果旬菜いきいきフェスタ

山津水産株式会社の佐藤雅樹社長は「市場のことを知ってもらう絶好のチャンス。とくに子どもたちに魚のことを知ってもらうことは食文化の継承といった観点からも大切なことです」とイベントの重要性を力説していました。

【地域】新潟市とは

信濃川河口部に発展した港町で、江戸時代には北前船の寄港地として栄えました。信濃川左岸の新潟島には多数の堀が巡らされ、それに沿って柳が植えられていたことから、「水の都」「柳都」の異名が今も残っています。幕末には日米修好通商条約による開港5港の一つになりました。今も当時の擬洋風建築物や料亭、新潟花柳界、回船問屋の住居などが残っており、往時をしのぶことができます。

現代でも日本海の水陸交通の要衝となっているほか、工業、農業、水産業などが盛んです。2005(平成17)年には近隣13市町村と合併、人口も約81万人となり、2007(平成19)年には日本海側で最初の政令指定都市となりました。

【地図】新潟市

また現在、ユネスコ創造都市ネットワークの食文化分野での認定を目指しており、今年10月には食育・花育センターがオープンするなど、食文化の発信・発展に力を入れています。

【行事】にいがた食の陣

「にいがた食の陣」は、新潟の豊かな食材を広く知ってもらおうと始まったイベントで今年20回目を迎えます。イベントは1年を通じて随時行われますが、メインのイベントは冬の季節。来年2月11、12日に開かれる「当日座」では、万代シティなど市内5カ所で、コシヒカリの米粉パンを使った「新潟バーガー」、各会場オリジナルの「あったか鍋」などの屋台が多数出店されます。また期間中、「食市座」としてホテルや料亭などで、特別プランやメニューが提供されています。その他、「食の体験ミニツアー」など楽しい企画もあります。

【郷土料理】のっぺ・わっぱ

のっぺ

新潟を代表する郷土料理「のっぺ」には必ずさけが入っています。さけは地元の「ハレ」の料理に欠かせない食材です。さけが珍重されたのは、身色が赤いことから「腹赤(はらあか)」と呼ばれ、忠義の象徴とされたため。反語の「腹黒(はらぐろ)」はよく使われていますね。また川で生まれ海で育ち、産卵期に生まれた川に戻ることから、先祖や家を尊ぶ魚ともされています。平安時代の書物にも新潟のさけを朝廷に献上した記録が残っているほど、古くから尊まれてきた魚なのです。

【写真】(社)新潟県観光協会(社)新潟県観光協会

わっぱ

杉の曲げわっぱにご飯を盛ったわっぱ飯は、もともと山や田んぼで働く人たちのお弁当でした。それを新潟市の料理人が郷土料理として作り上げました。当初、味をつけたご飯にさけの身をほぐしたものをのせていましたが、食通で知られるかの北大路魯山人に試食してもらったところ、一言「うま過ぎる」と言ったそうです。料理人は「過ぎる」の真意を味が濃過ぎることだと思い至り、お米の味が殺されないよう、現在のようなあっさりとした味付けになったそうです。

【写真】わっぱ