- Introduction
- 前編で巡ったのは、その土地で暮らす人への思いが詰まった弁当の世界。作り手の思いが宿る味わいは、食べる人のおなかだけでなく心まで満たしてくれるものだった。では、その「おいしい」という食の喜びはどのようにして磨かれ、どう進化を続けているのだろうか。その問いを探るべく、食卓の未来を見据え、日々研究開発に挑む現場を訪ねた。

日本 前編
ニッポンの弁当の中には、
食べる人への思いが
ぎっしり詰まっている。
(お弁当)
#1
Date of interview
September 4, 2026
Location
Tokyo
Japan #2
(日本後編)

NEW
VOLUME 2
お弁当

POINT
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Date of interview
September 4, 2026
Location
Tokyo
訪れたのは東京八王子市にあるニッスイの研究開発拠点「東京イノベーションセンター」。樹々に囲まれ、東京でありながら都心とは空気が違う。屋内に入ると、たっぷりの自然光が迎えてくれる。開放的なフロアは交流が活性化される設計で、研究員同士の活発なコミュニケーションが図られている。東京イノベーションセンターの静かな空気の中には、どこか熱量が漂っていた。その源泉を探るべく研究員たちの思いに迫った。

香りは食事の第一印象になる。口に含まれる前に感じ、おいしさを構成する大きな要素だ。その一方で、香りは時間とともに失われやすく、強ければいいというものでもない。そんな繊細な香りと向き合い続ける研究員がニッスイにいる。森研究員は、一貫して香りと向き合ってきた。現在ニッスイのさまざまな商品に展開され、おいしさを香りから支える技術「香りUP製法」について話を聞いた。

「はじめからうまくできた訳ではありません」と森研究員は振り返る。技術の出発点は、ニッスイの看板商品「大きな大きな焼きおにぎり」の香ばしさを高める取り組みだった。はじめは香ばしさをアップさせる調味料を研究開発し、研究室での小規模なテストでは確かな出来栄えだった。ところが商品を製造している工場で試してみると加熱時間が延び、冷凍時の強い風にもさらされ、肝心の香りが飛んでしまったという。「どれだけ良い調味料をつくったとしても、お客さまが食べる前に消えてしまったら意味がない」。大きな壁にぶつかった。

研究室と工場を何度も往復し、製造ラインのどこで香りが落ちるのかを膨大なサンプリングで特定していった。鍵になったのは“油”の扱いだったという。香りを足すのではない。香りを油で包んで保つ。その劇的な発想の転換が「香りUP製法」の核になった。魔法の粉でも魔法の液体でもない。製法をつくった。当初の仮説からは違うものになったが、製法として確立させたことで、現在さまざまな商品への汎用性へと格段に広がったという。「モノとして調味料をつくる」研究から「製造工程で香りを逃がさない“製法”をつくる」へ。失敗を認め、一から新しい可能性に切り替えること。言うのは簡単だが、そう簡単にできることではないはずだ。
香りひと筋。なぜそこまで没頭できるのか。「自分が関わった商品をお客さまが買っていく瞬間を見た時、言葉にできないほどうれしかった」。研究が生活者の日常に役立った実感こそ原動力になっている。「食べることが大好きで、レストランの料理を食べる前に無意識に香りを嗅いで分析してしまう」と笑う。そして「香りは人の感情や記憶を揺さぶるもの」だともいう。実家の料理の匂いを思い出せるように、香りは心に届く力がある。だからこそ、これからも真摯に香りに向き合い続けていく。


「コクがある」「コクが違う」。味の感想でよく耳にするが、そもそも“コク”とは何なのか。字は同じだが、味を濃くすることではない。そんな“コク”に向き合うのがニッスイの佐藤研究員だ。塩味や甘みのように単純な足し算では語れず、それなのに満足感を大きく左右する。ひと言で言語化するのが難しい複雑な味の奥深さだ。
現在「コク味アップ技術」を担う佐藤研究員は、技術の商品導入を終えた第1フェーズ後のタイミングでバトンを受け、新たな第2フェーズを引き継いだ。それ以前は食品分析が専門で品質を担保するためのデータ取りをしていた。佐藤研究員はそこからコク味の研究開発現場へと異動。つくった研究成果が世の中に出せると、やる気に満ちていた。しかし、取り組んでみると研究開発は一筋縄にはいかなかった。

第2フェーズの課題は、汎用化だった。第1フェーズで開発されたコク味アップ技術の可能性を広げ、特定商品だけではない別の商品に展開すること。「コク味アップ技術」のはじまりはずっとニッスイの社内で言われていた「ちゃんぽんって鍋で煮込むとおいしいよね」という声がきっかけだった。確かになぜおいしくなるのか。社内の声に耳を傾け、なぜ?の仕組みに向き合った。豚やチキンのタンパク質と野菜を煮込んだ時に生まれるコク、何十種類もの野菜の組み合わせを地道に試し、最も効果が高かったのが「もやし」だった。もやしのどの成分が効いているのかを突き詰め特定し、特許取得にまで至った成分の研究開発だった。
“コク”は不思議だ。装置で数値化しても、それが味の約束になる訳ではない。「最終的に最も敏感で重要なのは人間の舌なんです」という。技術の汎用化に向け、数値で測り切れない領域に毎日向き合い続けた。その原動力は何だろうか。研究のバトンを途切れさせてはいけないという使命感とともに「なぜそうなるのか?ただ知りたかった」という。静かな口調の奥に、消えることのない熱い探究心があった。

ニッスイの「コク味アップ技術」の導入は、人気定番商品である「わが家の麺自慢 ちゃんぽん」のスープからはじまり、現在は他の商品へと展開され、お弁当のおかずとしても人気のカニクリームコロッケなどにも導入されている。あのコクのある本格的な味を手軽に味わえるようになった。佐藤研究員は、すでに次の未知なる領域を見据えている。研究というバトン。そこには、しっかり思いが詰まっていた。


白いごはんは、ごまかしが利かない。比べられる相手は、家の炊飯器の炊き立てごはんだ。それでも長﨑研究員は、白いごはんに挑んだ。ニッスイの家庭用冷凍食品「まんぞくプレート」シリーズの立ち上げから関わった。開発の原点にあったのは、ほっとする居場所だ。「忙しくて疲れて帰宅した時、料理できない日もある。そんな日に食べて安心する、実家に帰った時のように“ほっとする”商品をつくりたい」という思いだ。だからこそ、ワンプレートにもこだわった。電子レンジでおかずとごはんを何個も別々に温める手間を省く。生活者の困りごとを減らし、一食で完結できる形を追求した。

毎日食べても飽きることのない白いごはん。日本人にとって、あまりにも普通で当たり前の存在だ。しかし、白米を冷凍食品にすることの壁の何と高いことか。技術的な難所は、冷凍・解凍で起きる変化だ。水分量・粘り気・ツヤ、すべてが変わる。そこで活きたのがニッスイの「大きな大きな焼きおにぎり」で培った米の品種選定・ブレンド比率・研究データと工場の炊飯技術だ。白米用に何度も改良を重ね、レンジで温めた時にこそふっくらした食感になるポイントを見つけ、工場とテストを積み重ねて商品化に至った。意外なことにワンプレートの冷凍食品で白米を使用したものは当時一般的ではなかった。シンプルで一見普通なことこそ、実は最も難しいことなんだ。

白米の冷凍食品化を実現させた長﨑研究員には譲れない信念がある。「自分本位で考えないこと」だという。作り手の気持ちを押し付けず、食べる人の背景や気持ちを一番に考えて設計する。そのために潜在ニーズや困りごとは徹底的に調査する。休日に大好きな食べ歩きをしても、無意識に味の設計のことを考えてしまうのは仕方のない職業病だと笑う。
研究員としての喜びも身近な場所にある。「お客さまからごはんがおいしかった」という声が届いた時、格別の喜びを感じたという。特別な日のご馳走ではなく、毎日食べ続ける湯気のあがるふっくら白いごはんと、ごはんに合うおかず。そんな普通の日常に潜む幸福をつくっている人が、ここにいた。
「食べることが大好き」と心から言える人の味覚は何だか信じられる。旭川市と倉敷市の弁当屋の店主たちも、研究員たちにも確かな共通項がある。それは食べることが好きだということ。そして、もうひとつ。探究心を持ち続けるということ。好きなことだから、とことん探求する。
弁当屋が手渡す一食も、研究員が積み上げた技術も、届く先は同じ。「おいしかった」「助かった」「また買うね」。生活者のそんなひと言で、また次の朝も動き出せる。日本には、食べる人を思い続ける、おいしさの探究者たちがいる。
作る人がいる。食べる人がいる。その間をつなぐおいしいを支える技術がある。日本の食文化に宿る思いを知る旅となった。世界のGOOD FOODSを探求する旅はまだまだ続く。

※人物の所属および掲載内容は2026年9月取材当時のものです。

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